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人間の寿命、いわゆる「死」というものには、いろいろな判断材料があります。
医学的には心臓が止まった時、脳波が全く出なくなった時、スピリチュアル的には魂が体から離れた時といった具合に寿命を判断するのに様々な解釈があるわけです。
では、車の寿命はどうでしょうか。

エンジンがかからなくなった時、水没してしまった時、大事故を起こしてしまった時と考えようによっては人間の寿命を考えるより多くのパターンが思いつくことになるでしょう。
ただ、はっきり言えることは本来の車の寿命と流通における車の寿命は大きく異なるということです。

 

本来の車の寿命

車は単なる工業製品で、金属や樹脂、ゴム、天然素材などで作られているものですので、いつしか壊れてしまうことになります。
単純に行ってしまえばその壊れてしまった時がその車の寿命ということも言えますが、車には「修理」という延命措置がありますので、そう簡単にそれが寿命ということも言えないでしょう。

例えば、エンジンが壊れたとすれば、その壊れたところの部品を交換してエンジンを組めばいいことですし、オーバーホールすれば一気に若返ります。
最悪、どうすることもできない状態であれば、新品なり、中古品なり、リビルト品なりの正常なエンジンに乗せ換えれば、それで復活させることができます。

大事故を起こしてしまい、ボディがゆがんでしまったとしても小さな損傷であれば、鈑金できれいに直すことができますし、フレームまで損傷が逝ってしまったとしても最近のフレーム修正機は非常に優秀ですので、ほとんどものを直してしまうことができます。
ですので、壊れたから寿命が来たということにはならないのです。

では、何が寿命かというと、それは利用目的を果たせなくなった時が寿命ではないかと思います。
乗用車であれば、人を乗せて安全に快適に移動すること、商用車であれば、荷物を載せて安全に運ぶことができること、これらが物質的なそれぞれの車の利用目的であって、それを全うすることができない状態が「車の寿命」ということではないでしょうか。

 

流通における寿命

自動車は生産ラインから降りた時点から一つの商品として流通経路に乗って流れていきます。
最初は新車を購入した人の手に渡り、何年後かに買取店での売却やディーラーでの下取りから中古車販売店に車が渡り、そこでまた売られて人の手に渡るといったことが永遠と続きます。

しかし、流通の流れが止まるときがあります。
それがどういった時かというと、お金が動かなくなった時です。

例えば、買取店に車を売却したとします。
そこでは200万円で買い取られ、その車を買取店がオークションに出品し250万円で落札されました。
落札したのは中古車販売店、この中古車販売店が300万円で店頭に並べ、それが売れました。
あとはこれを繰り返していき、複数のオーナーの手元に車が行くわけです。

これが買取店から始まる中古車市場での流れということになるのですが、この中で例えば、生産から20年も経ってしまい、デザインも構造的にも古さを感じるようになってしまったとか、大事故を起こしてしまいフレームまで修理が必要で修復歴車となってしまったといった状態になると、その車を中古車販売店で売ったとしても誰も買い手がつかない、数万円でないと売れないといったことになります。

中古車販売店で全く売れない、売れるとしても価格は安く、更に相当な時間や手間、費用が掛かるという状態では、それが中古車オークションで安く出ていたとしてもどの中古車販売店も落札することはないでしょう。
そうなると今度は買取店がオークションに出品しなくなってしまい、もちろんオークションに出せないのであれば、いくら安い買取金額でも買取ろうとはしないでしょう。
実はこの時点でその車の流通上の価値はゼロとなります。

お金を出して買ってもそれが儲けに繋がらないのであれば、買取店どころか中古車販売店もお金を出すことはありません。
その車をどこも買い取ってくれないのであれば、残る道は廃車しかありません。
これが流通における車の寿命となります。

 

価値観による寿命の違い

自動車においては車自体が全く動かない、修理することもできないという本当の意味でも寿命の他に、中古車で利益を得る業者などによって作られる流通上の寿命があるということがお分かりいただけたかと思いますが、この2つの寿命は必ずしも一致するわけではなく、車が壊れていても利益をもたらすこともありますし、どこも壊れていなくても人気が全くない車ということで廃車を迫られることになる車もあります。
ただ、車をこれから売却しようとしている方にとって大事なのはやはり流通上の寿命で、これを迎えない限りそれなりの金額で売却することができるということになります。